判例の小窓 bP0(平成24年2月) 



【コメント】
 最高裁判所は、脱輪事故が相次いだトラックについてメーカーがリコールをしなかったことからその後に発生した脱輪による死亡事故についてリコール業務責任者に刑事責任を認める決定を下記のとおりしました。事故原因に製造上の強度不足の問題以外に使用者による改造や過度の酷使の疑いがある場合に、民事責任とは異なる刑事責任をどう判断すべきか難しいものがあります。

最高裁判所平成24年2月8日第三小廷決定(上告棄却)

 トラック走行中に前輪タイヤ等が脱落して歩行者を死傷させた事故について、同トラックの製造会社で品質保証業務を担当していた者がリコール等改善措置を採らなかったことで刑事責任(業務上過失致死傷罪)が認められた事例 (三菱自工事件)

1 M会社は自動車の製造販売会社であり、被告人Xは、後記中国JRバス事故当時、M会社の品質保証部門の部長、被告人Yは同グループ長でXを補佐して品質保証業務に従事していた。本件ハブ(開発順にA〜F)は、M会社のトラック・バス等大型車の共用部品で、前輪のタイヤホイールと車軸とを結合するもので、破損することが基本的に想定されない重要保安部品で、車検等の点検対象項目ではない。M会社ではハブの強度耐久性について実走行実働応力試験が定められていたが、開発時に実施されていなかった。
 平成4年6月に▽▽山秀会社が使用し走行中のM会社製トラックの左前輪ハブ(Bハブ)が輪切り破損し、左前輪タイヤがタイヤホイール、ブレーキドラムごと脱落する事故が発生した(山秀事故)。Yはこれを直接担当し秘匿情報扱いにし、社内でハブの強度調査も行われたが、事故1年経過後に破損原因の結論を出さず、事故原因はハブの摩耗にあり使用者の整備不良として社内処理し、リコール等改善措置は実施されなかった。更にM会社製トラックのハブ輪切り破損事故が14件発生したが、いずれもハブの強度調査が行われず、同様に社内処理した。
 平成11年6月高速道路上で乗客を乗せ走行中のM会社製の中国JRバスの右前輪のハブ(Dハブ)が輪切り破損してタイヤが脱輪して車体が大きく傾いたが運転手が制御してバスを停止させた。運輸省担当官はM会社に事故原因の調査報告を求めた。Yは、秘匿情報として、重要度区分を最重要とし、輪切り事故の続発を承知していたが、JR事故の突き詰めた調査を行わず、摩耗説に従った処理をすることにし、同種不具合の発生はないという報告書を作成し、上司Xに説明して、担当官に提出し、リコール等の改善措置を何ら講じなかった。Xも、YからJR事故の報告を受け、過去にM会社製トラックのハブ輪切り破損事故が多数発生していることを告げられながら、Yの説明を了承し、リコール等の改善措置を何ら講じなかった。
2 本件事故  平成14年1月横浜市瀬谷区内の道路を時速約50qで走行中のM会社製の大型トラクタ(トレーラー)の左前輪のハブ(Dハブ)が輪切り破損して左前輪がタイヤホイール及びブレーキドラムごと脱輪して左前方歩道上の女性(29歳)に背後から激突して同女を死亡させ、一緒にいた幼児2名を衝撃で転倒させ各全治7日間の傷害を負わせた。JR事故後も本件事故に至るまでの間M会社製トラック、バスのハブ輪切り破損事故が続発していた。
3 第1審(横浜地裁)、原審(東京高裁)ともに、JR事故事案の処理の時点でX、Y両名について今後の事故発生の予測ができ、結果回避義務及び回避可能性があったとして、本件事故との因果関係も肯定し、被告人両名について禁錮1年6月執行猶予3年に処した。第1審は本件事故の原因をDハブの強度不足による破損と積極的に認定し、原審は客観データ不足からそこまで認めず、しかしDハブの強度不足の疑いによるだけでもリコールをしておけば、本件事故は確実に発生していなかったとして、因果関係を認めた。被告人側が上告。
4 最高裁判所(第三小法廷)は、弁護人の上告趣意を適法な上告理由に該当しないとした上で(弁護人は本件事故車両の使用状況等に照らすとDハブをリコールしてFハブを装備したところで本件事故を回避できず、M会社製のハブに強度不足があるとまでの立証がされていないとも指摘する。)、職権による判断として、次のとおり説示決定した(5裁判官中4人の多数意見)。
@ JR事故事案を処理する当時、X、Y両名には、今後もDハブの強度不足による事故が発生することを容易に予測することができた(予見可能性があった。)。
A X、Y両名には、事案処理の経過や社内の立場などからみて、Dハブ破損の事故発生を防止すべき業務上の注意義務があった(結果回避義務があった。)。
B Dハブには設計又は製作の過程で強度不足の欠陥があったと認定でき、本件事故は、車両使用者側の問題のみによって生じたものではなく、Dハブの強度不足に起因して生じたと認めることができるから、X、Y両名がリコール等の措置を採らなかったこととの間に因果関係を認めることができる(両名の注意義務違反と本件事故発生との間に因果関係がある。)。
C X、Y両名には、本件事故について、業務上過失致死傷罪が成立する(原判決は結論において正当)。
5 第1,2審判決を破棄して本件を第1審に差し戻すように言う田原睦夫裁判官の極めて詳しく、強い反対意見(少数意見)がある。その一部を以下に記載しておく。
 本件は一般に広く用いられている工業技術にかかる製品の瑕疵の有無及び関係者の予見可能性の有無が基本的な論点となっている事件で、審理には科学技術的な観点から十分な立証がなされるべきなのに、本件記録を検討する限り極めて不十分で、かかる不十分な証拠関係の下に「Dハブには設計又は製作の過程で強度不足の欠陥があったと認定できる」とする多数意見には到底与することができず、本件Dハブの強度不足が認定できない場合には、被告人らにリコール等の措置を採るべき義務は生じないのであるから、被告人らの過失が問われることもあり得ない。一審に差し戻してDハブの設計又は製作の過程に由来する強度不足の有無について更に審理を尽くさせ、それが認められる場合でも、新たな審理の結果に基づいて被告人らがかかる事実を認識出来たか否かについて更に審理を尽くさせるべきである。本件車両は改造が加えられ過酷な条件で使用された疑いもある。
 本件は被告人らの個人責任を問う事案であるが、本来はM会社の組織責任が問われるべきもので、自動車業界全体に影響を及ぼす事案であるだけに、M会社が組織として対応して然るべき事案であるのに、ハブの技術的な資料がM会社から提出されておらず、社員の適切な証言が得られていない。また、被告人らは、職務規定上の権限と実際の権限との乖離を主張しているが、組織上の権限の実際や直近上司の刑事責任の有無などについても十分な審理が尽くされているとは到底窺えない。科学技術上の論点、組織管理に関する論点について、証拠調べに先立ち、関係者間で論点整理がなされていないため、重要な事項について証拠調べがなされていない。
 今後も生起するであろう科学技術上の論点を有する刑事事件及び管理者の過失責任が問疑される事案の処理に関して、本件は多くの反省材料を提供するものといえよう。(以上、田原少数意見)
〔本決定は高裁判決宣告から3年経過する時点でなされたもので、第三小法廷は難事件を正面から判断したといえる。〕


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